その瞬間、ふくが顔を上げる。
鼻を少し上に向けて、
くん。
くんくん。
目には見えない何かを、一生懸命嗅いでいる。
私は、この時のふくが結構好きだ。
外に出たいと騒ぐわけでもなく、網戸をガリガリするわけでもない。
ただ静かに、風の中に混ざった匂いを探している。
何の匂いがするんだろう。
土の匂い。
草の匂い。
雨が降りそうな匂い。
どこかの家の晩ごはん。
遠くを歩いている犬や猫の気配も、ふくには分かるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はコーヒーをすする。
風を感じる黒猫。
コーヒーを飲む女。
静かな休日。
なんだか少し、丁寧な暮らしをしている人みたいである。
まあ、実際は古い団地で、寝巻きに近い格好をしているのだが。
それでも、この数秒だけはいい。
ふくと同じ風を感じながら、
「今日はどんな匂いがするんだろうねぇ」
などと、心の中でポエマーになる。
そして次の瞬間。
臭い。
何かが臭い。
草でもない。
土でもない。
夕飯でもない。
この、どこかで嗅いだことのある匂い。
他人の加齢臭。
どこの家かは分からない。
だが、風に乗って確実にやって来ている。
しかも加齢臭だけではない。
柔軟剤の香りもする。
花のような甘い香り。
その奥から、消し切れていない加齢臭。
混ざっている。
完全に混ざっている。
柔軟剤で消そうとしたのかもしれない。
しかし消えていない。
加齢臭に花の香りが追加されただけである。
私はコーヒーを持ったまま思う。
付け置きしろ。
柔軟剤を増やす前に、ワイドハイターの粉で付け置きしろ。
香りで包むな。
元を落とせ。
昔のスナックでは、おしぼりを茹でていたと聞く。
なんて衛生的なんだろう。
熱湯の中で、皮脂も臭いも全部まとめて煮出してしまう。
綿なら私も茹でたい。
肌着から怪しい匂いがしたら、
「お前も鍋に入れてやろうか」
と思う。
ただし、今の肌着は合成繊維が多い。
茹でた結果、臭いと一緒に肌着の形まで消える可能性がある。
だから私は、粉末の酸素系漂白剤で付け置きをする。
他人の加齢臭には、
「洗え!」
「付け置きしろ!」
と強気なのに。
洗ってから少し時間がたった自分の肌着から、
うっすら同じ系統の匂いが戻ってきた時は、
「……私もか」
と、毎回静かに傷ついている。
それでも着る。
だって、今からもう一度洗うのも面倒だから。
ふくは相変わらず、風に向かって鼻を動かしている。
あの顔を見ると、ふくには私とは違う世界が見えているような気がする。
湿った土の匂い。
ベランダの植物。
遠くの鳥。
夏の風。
ふくは、我が家で一番女の子らしいのかもしれない。
そして私は、
「加齢臭、まだ消えてないぞ」
と、見知らぬ誰かの洗濯方法に腹を立てている。
同じ風を嗅いでいるのに、この違い。
一匹は詩人。
一人は洗濯指導員。
今日も我が家は平和である。
今日はポエマーじゃん
・・・たまには、こう、その、語りたかったりするの。
情緒不安定だから(ぇ)
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